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ほぼノンフィクション

花火

僕は塾の帰りだった。いい香り漂う社会人に囲まれ、ドアから流れる夜景を眺めていた。遠くに1センチ位の赤い花火が上がった。あっ。漏れた声。周りも気づいた。遠く走る車内からも容易に分かった。美しく華やかな刹那。知らぬ間に涙ぐんでいた。

 

坊主、綺麗だったな。

 

不意に声を掛けられた。いい香り強いおじさんだった。

 

あんな一瞬だけどよ、作るのにどれだけの手間がかかるか…どれだけの危険があって…想像と創造力が必要で…

 

おじさんはボロッボロッに泣き出した。唇を噛み締め青白い顔で端に上がる花火を見つめた。僕が降りた停車駅。ホームから連弾の花火。僕は堪え切れなかった。溢れる涙を止められる程のオトナじゃなかった。遠き空に想いが疾る。あの日から僕には花火が特別な存在に。

 

僕は大学生になっていた。一丁前に彼女作った。そんな彼女が浴衣を着た花火の夜。僕は夜空を見上げ涙流した。彼女は訝しみそっと間隔を空けた。そのまま放置した。そんな苦い記憶もまた花火だった。落ち込み引きずらなかったのは幸いだった。

 

僕は社会人になった。夏祭りは独りで楽しむことにした。祭りの喧騒を眺め、花火は独りそっと見上げた。何回目かの夏だった。ある日職場の女の子から昼食に誘われた。

 

○日、花火観てませんでした?

ああ、観てたよ。君も?

家族で毎年行ってます。先輩泣いてませんでしたー?

 

クスリと笑う。馬鹿にした感じは全く無かった。僕は塾帰りの話をした。彼女は黙って頷き聞いていた。笑顔でパスタを頬張りながら。話した後は何故か心が軽かった。

 

父が花火観て泣いてる男は2人目だって。見たら先輩じゃないですかー。父に話したら連れて来いって…如何です?

 

僕は快諾した。彼女の家族と花火を観ながら対面した。花火に照らされた顔。忘れもしないあのおじさん。2人で並び花火を見詰めた。汗が伝う頬を拭う事なく。

 

久しぶりだなぁ。顔見てあっ!ってなった。毎夏、思い出してな。あの時間帯の電車に乗っては探したぞ、小僧…

 

それから毎夏彼女の父が花火友達。今年はこれから。孫を抱いてくるという。少し楽しみが減った。新たな楽しみと引き換えに。