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ほぼノンフィクション

お座りなさい

睥睨するシルバーヘア。眼鏡越し睨む眼光は野獣。手にはいつもの竹定規。2メートル近くあった。どんだけ長いねん!反則やろ!BBA!顔色変えず定規を消す。定規乱舞。complete combo。紅い筋が剥き出しの腕、腿、脛に。最後は眉間か喉仏。

お座りなさい

なんでこんな部屋借りたのか。答えの無い自問の繰り返し。上の空。

聞いてらして?

ニヤリと笑った。再びの定規乱舞。ビッシビシと執拗な叱責。僕は為す術無く降参の白旗。助けを求めるも旦那さんは笑顔の地蔵。ぶらぶら定職に就かない僕に非は存在。反論の余地無き正論ラッシュ。定規の痛みはいつか消える。正論は心を撃ち、斬り、塵と砕いた。

ある日のこと。相変わらずぶらぶらする僕は大家に呼ばれた。いつもの迫力は無い。笑顔なき柔和。薄気味悪い。いつもの縁側でなく座布団に通された。

お聞きなさい

残照と西風の中、いつもの説教が始まった。穏やかな口調。正論祭り。何故か心に響く。恐る恐る見上げた顔。見た事も無い笑顔だった。優しく諭し、叱る。漸く説教が終わった。頭を下げ俯く侭。上げられなかった。唇を噛み締め歯をくいしばる程、涙は溢れ止まるを知らなかった。

数日後、大家に呼ばれた。大きめの箱を渡された。開けろと促す。濃紺のスーツ。過不足ない採寸。いつの間に?笑顔地蔵が口を開けた。

どうかな?似合うと思うよ。ピッタリだ。

仕立て屋の御主人。採寸は全て目測だった。恐るべし地蔵。感謝より先に畏敬の念。困った事は雪駄しか持ってなかった事。年中裸足年中雪駄。奥様が奥から呼んだ。返事と共に伺う。靴下を渡された。玄関へと向かう。ブラウンの革靴。何とも言えぬ履き心地。キツくも緩くも無かった。

翌日からは必死だった。未だ嘗てない程に職を求めた。知り合いからは気でも触れたかと笑われた。僕は形振り構わず頭を下げ職を求めた。断られ塩を撒かれもした。それでも必死に探した。今までの自分を変えられるのは今、今しかなかった。

そう簡単に職はなかった。人知れず公園や境内で泣いた。生きる。なんと大変な事か。そんな僕を見兼ねた人が居た。なんの取り柄も無くスキルも無い僕に仕事をくれた。


夕暮れの空を眺めながら最後の書類にサインした。ガランとした部屋を出た。車に乗り込む暑さに鮮やかに蘇った記憶。